A-GYO的○○論
2008年03月21日
昨日で『地下鉄サリン事件』が発生して13年となった。
死者12名、負傷者5,000名以上。
ご存知の通り、某宗教団体が起こした無差別テロである。
宗教がらみのテロや紛争は、世界中で発生している。
特に第2次世界大戦後の紛争やテロの根本的な原因は各宗教団体の意見対立であると言っていい。
『イラク戦争』しかり、『チベット暴動』しかりである。
『自らの宗教が唯一の正義』『自分の宗教を認めてほしい』それらの主張を武力で制圧すれば、新たな火種となって争いは広がっていく。
宗教。今現在一体どれだけの数の宗教が存在するのであろうか。
俺は特定の宗教を信仰してない。
クリスマスだって、俺にとっちゃただのイベントだし。
オランダでいた時は、食事の前に『アーメン』って十字切ってから、両手を合わせて『いただきます』だったし。
初詣は神社だし。自然に感謝もするし。
死ねば多分どっかの宗派のお坊さんが御経を上げてくれるだろうし…。
まあ、とにかく俺は、宗教にどっぷりハマる人生観を持っていなわけである。
だから、例えば、宗教やってる人に『我が宗教こそ唯一正しい。あなたもその一員に!』なんて言われても、『無理』で終わらす。
んで、俺はその人の信仰を否定することもしない。
でも、『我が宗教こそ唯一正しい』なんて言っちゃってる宗教の一員になんかには絶対にならない。
だって、一つの宗教にとわられた時点で、一つの考え方からでしか物事を考えられなくなってしまいそうだから。
一つの考え方(視点)からしか、物事を見れなくなったら、人生がつまらない。そう俺は思っている。色んな角度から物事を見たいわけ。
つまり俺が信仰しているものを聞かれ、あえて答えるとするならば『自分の興味』…かな?『興味』があるから『行動』を起こすわけで。それはもう『信仰』というよりは『本能』に近いものかも。これは思想とかとはまた別のことかもしれないけどね。
あ、基本的に宗教を否定しない俺だけど、唯一否定する思想がある。
それは、『自分の宗教以外は敵。殺しても構わない。』って考え方。
これは、ただの宗教とか思想を理由にした、ただの殺人集団だわな。
『聖戦』だなんだで、自爆テロをやっている宗教なんて、もはや宗教ではない。
自爆テロを実行しても、実行した本人は肉塊になるだけ。ただそれだけ。
大体さ、自爆テロ勧めてんだったら、自分が真先に自爆テロの実行犯になればいいじゃんって話だ。もちろんそんなことしないだろうけど。
結局、『自分が可愛いだけの殺人集団の指揮者』ってだけだね。
洗脳されて自爆した人が非常に不憫だ。
宗教については色んな考え方があるし、各人によってその考え方やとらえ方も様々。
でもさ、基本的に宗教は『人を幸せな気分にさせるため』に生まれてきて、存在するものだと思う。
あなたは『宗教』、どう思いますか?
2008年02月27日
昨日妻が買ってきた、長男の靴下。

妻曰く
「あなたの美的感覚が移ったみたい(笑)」
…だそうだ。
まあ、確かにこの靴下のデザイン、
俺の美的感覚ではストライクである。
妻と結婚してそろそろ5年目に突入する。
5年前の妻なら、間違いなくこんなデザインの靴下を買ってはこないだろう。
『似たもの夫婦』という言葉がある。
「似たもの同士が夫婦になる」からなのか?
「夫婦になると互いが似てくる」からなのか?
夫婦で似ているところ。それは『価値観』だったり、『外観』だったり、『感覚』だったり…。
とにかく『夫婦』というものは、互いに似るらしい。
それはもしかしたら、互いの『価値観』などを認め合うことができるから、互いの思考回路が似てくるのかもしれない。
今回の靴下の一件で、少なくとも、妻は俺の『美的感覚』を認めてくれてると同時に、理解してくれているということがわかった。
先日もこんなことがあった。
親戚から『焼豚(チャーシュー)』を貰った。
切っていざ食べようとしていると、妻がニコニコしながら、俺にこう言ってきた。
妻「このチャーシューの匂い、何かの匂いに似てない?」
俺はそう言われたので、チャーシューの匂いを嗅いでみた。
そして、俺はすぐに妻の言っていることを理解した。
俺「これ、○○(長男の名前)の『ふともも』の匂いと一緒じゃん!」
妻はニッコリして、
「でしょ?やっぱり私たち夫婦だわ(笑)」
夫婦2人でしか共有することが出来ないこういう感覚。
こういう感覚が『似たもの夫婦』の根底にあるんだと思う。
まあ、
『チャーシューの匂い』から『長男のふとももの匂い』を連想する夫婦もどうかと思うがな(笑)
《『似たもの夫婦』の公式》
『似たもの夫婦』=『チャーシューの匂い』=『長男のふとももの匂い』
…アレレ?「=」ばっかで公式になってねえや(笑)。
2008年02月06日
病害虫に同じ成分の化学農薬を散布すると、その化学農薬に耐性をもつ進化した病害虫が発生することは、このブログでも何度か紹介した。
んでさ、ここ最近人間でも同じことが起こるのではないかと考えるようになった。
例えばさ、現代の人間たちが食べても何の問題もない濃度の、化学農薬を使用した野菜をさ、
1万年前の人類の祖先に食べさせたら即死しちゃうんじゃないかと思っちゃうんです。
人類は様々な病原菌や他の生物にとっては毒の成分に対して耐性を持っている。
例えば玉ねぎ。犬が食べると中毒だけど、人間にとってはむしろ良い食材でしょ?
「おたふく風邪」や「みずぼうそう」なんかも、一回経験すると、2回目はなかなか感染しなかったりする。
つまり、人間というのは、生きながら耐性をつけることのできる生物だと思うわけです。
だから、例え細菌兵器がまかれたとしても、感染したら全ての人類が100%死ぬなんてことは、あり得ないことなんじゃないかと。
そう思うわけです。
だってさ、生まれながらに細菌に耐性のある遺伝子をもつ人間は生き残るわけで。そしてまたその生き残った人類が増えていくわけです。
この辺、世代のサイクルは異なるが、
アブラムシも、人類も一緒ですね。
さて、これらを踏まえて、今回の天洋食品製造の中国産輸入餃子、そして中国の化学農薬の使い方を絡めて考えてみる。
今回俺が言いたいのは、
中国人の方が日本人よりも化学農薬に対して耐性ができているのではないか?
ということである。
だってさ、半そで、短パン、裸足で高濃度の農薬散布している中国の農家が平気で生きてるわけでしょ?
とてもじゃないが、その恰好で、農薬散布をするなんざ、とても真似できない。
うちも化学農薬を使う時があるけど、農薬散布をするときは、どんなに暑かろうが、長そで、長ズボン、長靴、さらにマスクとゴーグルとゴム手袋と帽子のフル装備で農薬散布します。
それだけじゃない。
うちでは、農薬散布した日はアルコール厳禁。
要するに酒を飲んじゃダメなのである。これは親父がよく言ってることで、
「農薬散布した日に飲むと、必要以上に酔いがまわって気持ち悪くなる」ということだからだ。
これはうちに限ったことかもしれない。
だが、少なくとも俺の半分は親父の遺伝子を受け継いでいるわけで、気持ち悪くなる可能性は十分あるわけだ。まあ、俺は元々晩酌はしないけど。
さて話がそれたが、うちはそれだけ化学農薬に対しては、気を使っているわけ。
だが、先述した通り、中国の農家はその辺の意識が非常に低いような気がする。
さらに、その農薬に対して意識が低い農家が作った作物を、中国の人は平気で口にして、さらに健康被害もほとんどない。
これは、中国に住む人が化学農薬に対して耐性がある証拠とでも言えるのではないか?
まあ、これは想像だし、実際はどうなのか俺は知らんが、少なくとも化学農薬に対しての意識は、日本と中国では、大きな差があると言わざるおえない。
人は化学農薬に対して耐性がつくものなのかどうかは、わからないが、耐性がつくのなら、化学農薬の必要性ってのも意味合いが変わってくるのかなと。
それは人類が進化するために化学農薬が必要かもしれないということ。
化学農薬は本当に必要なのか?また最近、仕事しながら考えてたりする。
あなたはその辺、どう考えますか?
2007年11月16日
はい、昨日の続きね。株の話。
(昨日は『株買うんだったらその会社を応援するつもりで買え!』って話でした。)
もうずいぶん昔の話(?)になる気がするが、○○えもんとか、○○ファンドとかが世間を騒がせた時期があったじゃん。某TV局の株を乗っ取るつもりで買ったとか、それが明るみに出た挙句、自分の会社の不正も明るみに出ちゃって○○えもんの会社の株価がメチャメチャになったとかさ。
(最近存在が消えたようになってるけど。みんな覚えてる?)
俺さ、あれ完全に株ゲームだったと思うわけです。
○○えもんがTV局に魅力があっての株購入だったけど、まんまと片方のファンドに株ゲームの材料にされた感じ。○○えもん、そこで一回ゲームオーバー。
あのときのマスコミの掌の返しかたが笑えるほど滑稽だった。
(まあ、マスコミ的には視聴率が取れるネタが出来てよかったんだろうけど。)
結局○○えもんが「魅力がある」っていってたのは、その会社を応援するんじゃなく完全に乗っ取りの対象としての「魅力がある」だったわけで。
それは株本来の形じゃなくなっていたと思う。
じゃあ、株本来の形って何さと問われれば、俺はこう言いたい。
会社を乗っ取りやすくするために株が生まれたのではない。
会社は株主のもんでもない。会社はその会社に勤める人のもの。
『物言う株主?』株主だったら黙ってその会社を信じろ!だってその会社を応援するために株買ってんだろ?応援する気がねえのなら、そんな会社の株なんか持ってんな!
まあ、こんなところです。株ってのは金儲けの材料にしちゃいけないもんだと思います。
○○えもんのおかげ(?)で、いろんな規制(株ゲームのルール)とかが出てきたことはいいことだと思うし、この事件は株やって儲けようなんて考え持ってる人には、良い教訓になったのではと思う。
なのに未だに、それでも金儲けにために株ゲームをしている人たちがいる。そんな人たちを見ていると、なんか悲しくなってくる。人間は学習することができるハズなのにね…
株に踊らされる人生はゴメン。
今日のブログ、グダグダでごめん。
明日はきっといいブログかけるさ!
2007年11月15日
どもA?GYOです。今回はちょっとだけ真面目な話。
ここ最近のニュースでたびたび話題になるのが、『株価が上がった下がった』っていう話。
ここであなたに質問。あなたは『株』を持っていますか?
『株』、そう株券のことね。ちなみに俺は持ってませんし、今のところ買う気もありません。株の仕組みは大体わかっているのだけど、『儲けるために』株を買うことはしない。その会社の株が自分にとって魅力的なら買うかもしれないけど。
本来株券てのは、会社が資金を調達するために発明された資金調達技術。
「新たしい事業を立ち上げるためにお金が必要。」→「でも、お金がない。」→「じゃあ株を発行して色々な人から資金を集めて、その見返りを株主に還元しよう!」となり、その事業や会社の考えに賛同する人が株券を買うことで、その事業や会社を応援するのが本来の株の役割だったはず。
でも、今は株を売り買いしてその差額で儲けようというギャンブル的な株主が多くなっている気がする。よく『デイ・トレーダー』って言われてる人のこと。会社でいえば『投資ファンド』と言われている会社がそれにあたるかな?
そんで、会社を応援する気持ちで株を持っている人(安定株主って人)がどんどん少なくなっている気がする。
もちろん『そういう時代だから』というだけで、片付けようとすればそれまでのことなんだけどさ、なんか目先の利益だけで株を売買されてることに違和感を感じている俺がいる。
もちろん、株やってる人すべてが株を『ギャンブル』と捉えている人だけじゃないから、株式ってのが成り立っていると思うし。
なかには『株主特典が魅力的!』とかって理由で株を手にしている人も多いと思う。俺はそういうのはアリかな思う。だって、そういう人はその会社の事業に魅力を感じて株を持っているわけだからさ。
会社の価値を株の価格だけで判断している人に俺は違和感を感じると同時に、なんかさ、株券みたいに薄っぺらい人に見えちゃう。会社の中身でなく、株価という表面だけしか見てないイメージがあるからさ、その人自身も表面だけの薄っぺらな人に見えちゃう…
今回俺が言いたいのはさ、
株を買うんだったら、その会社を応援する気持ちで買え!
ってこと。
その会社に魅力があればこその株式。
もう一度質問します。あなたは株を持っていますか?
株については、もうチョイ言いたいな…よし明日もこのネタで。
